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2005年度 不惑の大学院生

40歳にして大学院生となりました。同級生50数名は二十代の若者が主流でしたが、さまざまな背景を持つ社会人もたくさんいました。

法学部卒とはいえ、未修者向けの3年コース。新たな気持ちで勉強に取り組みます。

自習室には一人ずつのブースが準備され、申し分のない環境です。

会社員としての収入を失ったことを理由に奨学金を申請したところ、無事、無利子の枠で借りられることになりました。

法科大学院の勉強は、予習が重要です。基本書に加えて判例を読み込み、始終何かの課題に追われています。自習室は早朝から深夜まで利用できます。私は家庭があるので18時くらいには帰宅するようにしましたが、若手の中には、ほとんど自習室に住み着いているような暮らしをしている人もいたようです。

息子は4年生になったので学童保育を卒業しました。私も会社員の頃に比べると余裕ができたので、少しは勉強をみてやるようになりました。

私も夫も、小中学校レベルの勉強で苦労したことはなかったのですが、どうも息子は違うようです。自信をつけさせるため、漢字検定への挑戦をさせました。合格ボーナスの小遣いをちらつかせてその気にさせ、10級(ひらがなとカタカナ、1年生の漢字)から始めて、9級(2年生)、8級(3年生)と合格してきました。人間、賞状とか合格証をもらうとうれしいもの。少しずつバカが治っていく予感がします。

1月末、めったに熱を出さない体質なのに、突然発熱しました。ちょうど週末で、近所の内科医に行って安静にしていましたが好転せず、再度通院したところ、耳鼻科にかかることを勧められました。頭痛に苦しみ続けます。もちろん大学院になど行けず、最終講義のいくつかは出席できませんでした。


大学病院の耳鼻科、訪れてみたらその日の午後の診療はありませんでした。「この頭痛をなんとかしてください!」とねじこんで、救急で当座の薬を出してもらいます。「急性中耳炎だと思います。長くかかるよ」と言われました。


やっと耳鼻科の診療を受けられましたが、すぐにはよくならず、頭痛が続きます。そして、耳が3割くらいしか聞こえなくなりました。もちろん、勉強などできません。


10日近く自宅で篭城し、後期試験に出席して何かを書ける程度には回復しました。聞こえないだけならまだしも、教室での人の雑談や、車の音が「じゃわじゃわ、ごわごわ」とたいへん不快な音に変換されて耳に飛び込み続けるため、耐え難かったです。

このようなコンディションで乗り切った後期試験、1科目のとりこぼしで済んだのは不幸中の幸いというものでしょう。