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1992年度 遠距離を乗り越えて

4月、研修担当となって3度目の新入社員を迎えました。

東京名古屋間の遠距離交際は郵便、電話、FAXに助けられて続いていました。交際が励みになったためか、今まで何度か失敗していた日商ワープロ検定2級や損害保険代理店特級資格にも合格しました。

7月、求婚を受け入れ、間もなく挙式の日程を決めました。

彼の勤める会社は名古屋に本社がありました。社内の「国内留学制度」に数年前から挑戦し続けており、向こうも私の存在で勢いがついたのか、とうとう都内のビジネススクール留学1年間の権利を勝ち取りました。

これで私も東京で勤めを続けられます。そのことが明らかになってから、職場に結婚を発表しました。ただし、いつになるかはわからないものの、留学終了後に相手が本社に戻る可能性があり、そうなった場合自分も名古屋支店に転勤させてほしい、という希望を出すのを忘れませんでした。配偶者の転勤や帰郷の事情による転勤希望には、ある程度柔軟に対応してくれる風土がありました。

勤めながら狭いアパートでウエディングドレスを手作りしました。中学生の頃から洋裁が趣味で、ロックミシンも持っています。

昨年末の初対面から1月の挙式までに彼に会った回数は、全部で12回でした。それでも、迷いはありませんでした。

披露宴では体育会出身者同士の結婚式らしく、双方校旗を持ち込んでエールと応援歌合戦。大学の友人グループ(馬術部、洋弓部、バスケットボール部、バドミントン部、スポーツ新聞部)が寸劇と歌を披露してくれました。

同居は彼が転勤する4月からなので、新婚旅行後はそれぞれのアパートや寮に帰って、これまで通り暮らしました。

2月に組織改変を伴う恒例の人事異動がありました。独立した研修担当ではなくなり、人事課に異動となりました。これからは他の業務も分担することとなります。

夫が社内で力を尽くしてくれたおかげで、東京の社宅に単独で先に入居することを許され、転居しました。